モナコにおけるカジノの歴史

モナコのカジノの歴史は古く、初のカジノが誕生したのが1863年なので100年以上の歴史を誇っています。また、モナコはカジノと共に発展してきた歴史があり切っても切り離せないものとなっています。

1863年誕生!モナコ初のカジノ

チップとトランプ

1800年代初頭以来、大国の保護下にあったモナコを完全な独立国家とすることに成功したのは、第10代モナコ大公シャルル3世(1818~1889)です。シャルル3世によってモナコ公国はほぼ現在の在り方に形作られたと言っても過言ではありません。
1861年大公は、それまでの領土の95%をフランスに売却する見返りにモナコ公国の主権を回復し、モナコは完全な独立国家となりました。この売却によってモナコは長さ約3km、幅約300m前後とバチカン市国に次いで世界で2番目に小さな国という今の姿になったのです。
当時のモナコは漁業以外にこれという産業のない小さな港町にすぎませんでした。5000人余りの国民からの税金だけでは国を豊かにすることは不可能です。永続的で安定的な財源の確保に悩んだ大公は気分転換に出た宮殿のテラスから、地中海の青い海と、地中海に面して立ち並ぶモナコの街並みを目にし、「モナコには神から与えられたこの美しい景色がある。これを売り物にして一大リゾートに作り替えよう」と思いたったのです。大公はモナコ国民だけの、少人数でも大きな利益が得られるようなモナコだけの特別なサービスを考え出しました。世界の富裕層を相手にして大きな収益を得るのです。そうした考えから、モナコの「カジノ」は動き出すのです。
95%の領土をフランスに売却したお金を使い、銀行からの融資を受けずにモナコの1等地にそこに集う貴族、王族にも相応しい宮殿のような国営「グラン・カジノ」(当時はこう呼ばれていた)や豪華なホテルを次々に建設していったのです。
1863年、大公と親交のあった王侯貴族、資産家に向けて「新しいモナコ」が大々的にアピールされる中、モナコの未来への希望「グラン・カジノ」が誕生しました。

発展期

「グラン・カジノ」の成功には大公のモナコ再生を支えた「フランソワ・ブラン」の活躍があります。ゼロ1つのルーレットを導入しドイツ、バート・ホンブルクのカジノを、パリのカジノと競い合えるところまで成長させ、「ホンブルグの魔術師」と呼ばれたブランは、モナコを世界のギャンブルの首都に育て上げました。
世界各国から裕福なセレブがモナコに押し寄せ、モナコは莫大な収益を得ました。こうした収益により大公は国民への直接税を廃止し、さらには多くの市民を大公の作ったカジノやホテルで従業員として雇用しました。産業の広まりは国に雇用の機会も作り出していたのです。貧しかったモナコ国民は益々豊かになっていきました。大公が1889年に亡くなった後、国民は大公を称え、高台のカジノとホテル群を「モンテカルロ」、イタリア語でシャルルの山と名付け呼ぶようになりました。
普仏戦争、パリ・コミューンの混乱の時期にカジノは閉鎖されますが短期間で再開され、
20世紀に入るとオーストラリアのフランツ・ヨーゼフ皇帝、イギリス皇太子(のちのエドワード七世)などの王族から各国の貴族、大富豪などを集めるヨーロッパ最高の社交場となった「カジノ・ド・モンテカルロ」はベルエポックの栄華を謳歌するのです。

現在の状況

ルーレット

モナコのカジノ誕生から155年が経過した現在、カジノの国モナコは、観光立国モナコとしてさらに大きく発展しています。伝統や格式は大切にしながらも、歴史あるホテルにも時代の流れに合った新しい設備を施し、さらには新しいホテルなども建設されました。新しいホテルの中には、洗練されていながらカジュアルで入場しやすいカジノやスロットマシーンだけが並ぶゲームセンターのようなカジノが併設されていて、「カジノ・ド・モンテカルロ」とは一味違ったカジノの楽しさを提供しています。モナコ滞在中に様々なタイプの「カジノ」を体験することができるのです。
ニース国際空港からヘリコプターで7分、マルセーユ、カンヌ、ニースからイタリアまで抜ける高速道路が通っていることから、イタリアの国境まで車で15分、ミラノまでも300㎞と交通の便もよくバカンスだけではなく、F1モナコグランプリを始め、様々な分野の国際大会などが開催され世界中から多くの人がモナコを訪れます。モナコを訪れる人は必ず「カジノ・ド・モンテカルロ」の豪華さに圧倒され、そこからモナコの豊かさを感じ取るのです。今日のモナコはカジノだけに頼らなくても、カジノを足掛かりに拡がった様々な分野での経済活動を進めていますが、「カジノ」がモナコの象徴の一つであることは今も変わりありません。

まとめ

モナコには、見ておくべき人気の観光スポットが数多くあります。モナコ皇室の公式行事が行われ歴代のモナコ大公、グレース・ケリー公妃も埋葬されている「モナコ大聖堂」、モナコ港などの美しい街並みを撮影できる絶景ポイントの「大公宮殿」、モナコGPは一般公道がレースコースとなるので、テレビで見ていた有名なヘアピンカーブを実際に歩いてみることもできます。こうしたモナコ観光の中心地とも言われるのがシャルル3世大公の作った「カジノ・ド・モンテカルロ」です。全てのモナコはここから始まりました。「一大リゾートを作る」というシャルル3世の大きな賭けは大きく当たったのです。

カジノとビールと旅が好きな男性です。
カジノ関連の記事執筆は得意分野です。世界中のカジノ施設を巡るのが大きな夢!


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