マカオのカジノ王 スタンレー・ホー氏

スタンレー・ホーは実業家としてマカオでギャンブル権を取得すると、ホテルの開発などさまざまな取り組みを行い、世界的にも名立たるギャンブル街へと育て上げた人物です。まずはこのスタンレー・ホーがどのような人物かや、これまでの功績について見ていきましょう。

スタンレー・ホー氏について

メガネに反射するCASINOのロゴ

スタンレー・ホーは1921年11月21日生まれの96歳で、香港やマカオにおいてさまざまなビジネスを展開するほか、30年以上の長きにわたりマカオのギャンブル産業の世界において帝王として君臨してきた人物です。
富豪の家の生まれでありながらホーの父親が株価の暴落などの影響を受けて多くの資産を失ったことがあり、苦しい生活を過ごす時期もあったとされています。名門高校に入るも当初は成績が芳しくなかったものの、徐々に成績を上げると奨学金制度を使って香港大学へ進学するまでになります。
この大学で英語やポルトガル語などの外国語を学ぶことやビジネスの知識を得ることで、後のホーの人生に大きな影響を与えることになるのです。
大学在学中に第二次世界大戦が発生し、日本軍が香港を占領したことで香港からマカオへと移り、貿易会社で働き始めると4カ国語を武器にして信頼を集め、21歳にして重要な位置へと上り詰めます。
その後1943年にはボーナスとしてもらった100万ドルを元手に、急成長を遂げていた建設業界へと照準を定め、建設会社などで大きな利益を出します。
その後この利益を元手にして1962年には妹の夫やギャンブル界の大物だったイップ・ホンなどの協力を得る形でマカオにおけるギャンブルの権利を取得するのです。
しかしこの当時のマカオには観光客は多くなく、ホーは観光客を誘致するためにホテルの建設や香港との連絡船となるTurboJETや港の整備などを次々と行っていきます。これらを筆頭にして多くの整備を行い、1990年代までにこれといってとりえのない植民地のひとつだったマカオが世界にその名を馳せるギャンブルの街へと成長していきます。
その後マカオの中国返還に伴ってそれまで取得していたギャンブルの独占権は失うものの、その後もグランド・リスポアをはじめとする主要カジノのオーナーとなり、影響力を持ち続けるのです。
しかし自身は高齢になるも妻や子どもたちが多いことから継承者問題が上手くいかず、親族の間で相続争いが起こるなどの問題も起こしていました。そんな中で資産をめぐる法廷での闘争も起きましたが、2018年になってついに権限移譲が決まり、6月に行われた株主総会を持って会長を引退し、一線級から退くことになりました。

スタンレー・ホーには1942年に最初の結婚をすると1962年に2度目の結婚をし、その後一夫多妻制が廃止されたことで結婚登記はされていないものの、第3、第4の夫人がいることが知られています。
1942年に結婚した第1夫人はは2004年に死亡しているものの、残りの3人の婦人は全員存命中で、ホーと各夫人の間には多くの子どもたちが生まれています。
第1夫人との間には1子3娘、第2夫人との間には1子4娘、第3夫人との間に1子2娘、第4夫人との間には3子2娘と全部で17人の子どもが生まれ、結果としてこれが株式の譲渡など親族の間で争いを起こす要因のひとつです。
ホーが2009年に脳卒中で倒れ、療養生活が始まったことからこの財産争いは始まったと言われ、ホー自身も巻き込んだ法廷闘争が繰り広げられることになります。2カ月ほどの期間で和解にはなりますが、その後も継承者が誰になるかでさまざまな話が飛び交うことになりました。
最終的にグランド・リスポアなどの大型カジノ施設などを所持するSJMホールディングスの会長をデイジー・ホー、メルコリゾーツの会長をローレンス・ホー、MGM中国のエグゼクティブディレクターをパンジー・ホーと第2夫人との間に生まれた子どもたちが占めることになったのです。
しかしSJMの共同会長には第4夫人であるアンジェラ・リョンが就任することも決まっており、企業の統治体制が複雑になることからまだまだ権力争いが続く可能性や余地があるともされ、スタンレーホーが立ち上げたグループへの注目度は変わらず高いままです。
その一方でグループの経営から遠くかけ離れた子どもたちもおり、同族経営である企業があっても子どもたちによってかなりの差があることが見て取れます。

ここまでのまとめ

カジノのイメージ

スタンレー・ホーは2018年にSJMの会長職を退いてカジノ業界から引退するなど表舞台に出てくることは減りますが、これまで歩んできた経歴やマカオを東洋一だけでなく、世界的にも代表されるギャンブル街へと成長させた功績はこの上なく大きなものです。
同族経営の弊害はあるものの、マカオや香港におけるスタンレー・ホーの影響はとても大きく、マカオのGDPの1/3とも言われる資産を持っているといわれています。
開発競争に後れを取ったことから現在ではやや不利な状況にいることは間違いないものの、大型複合施設が完成する2019年以降は巻き返すことが必至とされ、来年以降もこのグループから目が離せません。
その一方で当時は一夫多妻制が法律的にも違反でなかったとはいえ4人との妻との間に17人もの子どもを残していることで継承者問題が骨肉の争いとなったりさまざまな問題を引き起こしてると言えるでしょう。

総括

いかがでしたか。今回はマカオにおいて「ギャンブルの帝王」や「カジノ王」などと称されるスタンレー・ホーについて、その功績や大勢の妻や子どもたちなどの点について見てきました。現役から引退したものの、グランド・リスポアをはじめとして彼が手掛けた多くのカジノがマカオで多くの観光客を集め、高い収益を上げていることは疑いようもありません。
マカオを訪れた際はぜひ一度彼が作りあげたカジノの世界を体感してみてはいかがでしょうか。

実際にカジノをプレイしたことは2回しかなく経験は浅いですが、リサーチをするのは得意分野なので分かりやすくお伝えします。


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